震度7を記録した熊本地震が4月14日21時26分に発生しましたが、この地震は今考えると前震だったようです。

本日4月16日1時25分に熊本地方を震源とするマグニチュード7.3の大地震が発生しました。この地震が本震で、4月14日の地震は前震という位置づけになるのですね。

マグニチュード7.3は、阪神・淡路大震災と同程度の規模の活断層型の地震では最大規模のものになるようです。

マグニチュードが大きいゆえに、被害もかなり大きくなってしまっています。とにかく一刻も早い救助活動に政府は力を注いでほしいものです。

中央構造線断層帯に沿って震源域が大分方面へ

前々回に「熊本地震で中央構造線の連動地震は発生するのか?」をエントリーしましたが、徐々に震源域が大分方面に広がってきているというのは不気味です。

大分方面といえば、まさに中央構造線が四国・本州へと延びている方向なので、やはり今回の熊本地震は中央構造線に何らかの異常が起きていると考えたほうがいいでしょう。(現在、別府-島原地溝帯で地震が発生しています。)

中央構造線https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E7%B7%9A

中央構造線の連続地震は、1596年に「慶長伊予地震」「慶長豊後地震」「慶長伏見地震」が発生するなど、日本列島では過去にも同じような事例があります。

今回の地震は、さらなる日本全国での巨大地震へと連動していくのでしょうか。

過去を紐解くことにより今回の熊本地震が中央構造線の連続地震の端緒になるのかどうかがわかるかもしれないので、過去の地震について調べていきたいと思います。

現在は地震の活動期

1596年に発生した「慶長伊予地震」「慶長豊後地震」「慶長伏見地震」は、9月1日・9月4日・9月5日と連続して起こりました。

この慶長年間にはその他にも多くの地震が発生しています。「天正地震で若狭湾に大津波があったの?」でもお話ししたように、まさに地震の活動期だったのですね。

慶長年間に起こった大地震について見てみましょう。

慶長伊予地震 – 1596年9月1日、伊予国をおそった地震。M 7.0、寺社倒壊等。中央構造線沿いと推定される地震。

慶長豊後地震(大分地震) – 1596年9月4日、豊後国をおそった地震。M 7.0~7.8、死者710人。中央構造線と連続している可能性がある別府湾-日出生断層帯で発生した(上記地震との)連動型地震とされる。

慶長伏見地震 – 1596年9月5日、近畿地方をおそった地震。M 7.0~7.1、京都や堺で死者合計1,000人以上。伏見城の天守や石垣が損壊、余震が翌年春まで続く。有馬-高槻断層帯、あるいは六甲-淡路島断層帯における地震とされる。上記二つの地震に誘発されて発生した可能性がある。

慶長地震 – 1605年2月3日、南海トラフ巨大地震の一つとされてきたが、伊豆小笠原海溝付近震源説や遠地津波説など異論もある。M 7.9~8.0。紀伊半島沖と房総沖が連動したとする説もあり、M 8.4~8.5ともされる。津波地震と考えられており、地震動による被害は少なかったが、現在の千葉県から九州に至る広範囲の太平洋岸に津波が襲来し、死者1~2万人を数えた。

会津地震(慶長会津地震) – 1611年9月27日、会津地方をおそった直下型地震。M 6.9。寺社損壊、死者3,700人。

慶長三陸地震(慶長三陸地震津波) – 1611年12月2日に三陸沖を震源として発生した地震でM8.1(8.1-8.7の諸説あり)。ただし、津波の痕跡の範囲などから、この従来の定説に疑義があるとされ、千島・色丹沖の震源と連動した大地震・津波だったとする説もある。この大津波による北海道・三陸の死者・被害甚大。地震被害の記録はほとんど無い。

慶長十九年十月二十五日の地震 – 1614年11月26日に起こった地震。従来高田領大地震とされたが、会津から松山に至る日本各地に被害記録があり、震源は不明。

これ以前の1586年には、北陸・近畿・東海地方に大きな被害を与えた「天正大地震」も発生しています。

上記を見ると活断層による地震だけでなく、南海トラフや三陸沖といったプレート型と思われる地震も発生しています。

地震がどこで起きるのかということを予知することは大変難しいのですが、

「慶長豊後地震・伊予地震」≒「熊本地震」

「慶長伏見地震」≒「阪神・淡路大震災」

「慶長三陸地震」≒「東日本大震災」

このように慶長年間の地震と、現在の平成年間の地震ではかなり共通点があると考えられます。

そう考えると、南海トラフで発生したと考えられている「慶長地震」が不気味な存在となりますよね。

南海地震・東南海地震・東海地震

「慶長地震」と同じく南海トラフで発生すると考えれらる「南海地震(東南海地震・東海地震)」が、過去を紐解く限り今後発生する可能性が高いと思われます。

南海地震を中心にして見ていきましょう。

南海地震の周期

私自身も南海地震があるとかなり影響がある場所に住んでいるのですが、南海地震については覚悟をしておく必要がありそうです。

前回南海地震が発生したのが1946年12月21日なので、約70年が経過しています。

南海地震はほぼ定期的に地震が発生しており、おおよそ100年~200年周期となっています。

1361年7月26日(8月3日)(南朝:正平16年6月24日、北朝:康安元年6月24日) 正平地震(康安地震)

⇓ 137年

1498年9月11日(9月20日)(明応7年8月25日)明応地震 (東海・東南海地震)前後に南海地震も発生

⇓ 107年

1605年2月3日(慶長9年12月16日) 慶長地震(東海・東南海・南海地震?)

⇓ 102年

1707年10月28日(宝永4年10月4日) 宝永地震(東海・東南海・南海地震)

⇓ 147年

1854年12月24日(嘉永7年11月5日) 安政南海地震(32時間前に東海・東南海地震が発生)

⇓ 92年

1946年(昭和21年)12月21日 昭和南海地震(2年前に東南海地震が発生)

真偽が不確かな地震もあるのですが、おおむねこれらが南海地震(東海・東南海地震)であると思われます。

周期を見てみるとおおよそ100年~150年程となっています。

東海地震・東南海地震・南海地震は連動して発生することもあり(むしろ連動する可能性が高い)、宝永地震は3連動地震となりマグニチュードも8.6の大地震であったと考えられています。

残念なことですが、南海地震・東南海地震・東海地震は定期的に確実に発生してしまいます。私たち人間にできることは対処だけですので、とにかく警戒しておくことが必要になりますね。

まだ70年?もう70年?

前回の昭和南海地震が発生してから約70年が経過しています。

100年~150年周期を考えると、まだ南海地震が発生するには早いような気もします。70年しか経過していないですからね。

実は前回の昭和南海地震は歴史的に考えると規模が小さかったと考えられています。

さらに昭和南海地震の2年前の1946年には昭和東南海地震が発生しているのですが、このとき東海地震は発生していないと考えられています。(諸説ありますが、有力説では発生していないようです。)

東海地震の周期を考えると、前回は1854年12月23日に安政東海地震が発生しているので、約160年間東海地震は発生していないということになります。

このように考えると、東海地震はすでにいつ発生してもおかしくないということなのですね。

そしてこの東海地震が発生した時に、南海地震と東南海地震も連動して発生するの可能性が高いのではないかと考えられています。

ですので、南海地震もいつ発生してもおかしくない状況なのですね。

やはり今回の熊本地震が引き金となり、南海地震など他の巨大地震が発生する可能性は決して低くないと思います。

日本は今、地震の活動期です。

日本全国どこで巨大地震が発生してもおかしくないので、警戒を怠らないようにしなければいけませんね。